おまけ mini Quiz
正解および参考情報
1) B ) 1970年代
1973年に春夏連続初出場。春は初戦で、夏は1勝の後2回戦で、いずれも天理に敗退。
考え方としては、1960年代までの中京商はすべて愛知、1970年代以降の中京商はすべて岐阜、で良いはずです。
1973年に春夏連続初出場。春は初戦で、夏は1勝の後2回戦で、いずれも天理に敗退。
考え方としては、1960年代までの中京商はすべて愛知、1970年代以降の中京商はすべて岐阜、で良いはずです。
2) D ) 1955年
「学校法人城東学園 城東」としての甲子園出場は、1955年の春夏連続のみ。
春は初戦1点差敗退、夏は2勝の後、同大会優勝の四日市に準々決勝で1点差敗退。
翌1956年に「学校法人高知学園 高知」に改編し、現在に至る。
「城東」「四日市優勝」「1955年」で捉えると印象付けやすいかも。
1946年夏に出場したのは「城東中(のちの高知追手前)」。
1948年は新制の「城東高校(のちの高知学園高知)」に名称変更された年。
1951年は「城東」が「学校法人城東高等学校」の認可を受けた年。
「学校法人城東学園 城東」としての甲子園出場は、1955年の春夏連続のみ。
春は初戦1点差敗退、夏は2勝の後、同大会優勝の四日市に準々決勝で1点差敗退。
翌1956年に「学校法人高知学園 高知」に改編し、現在に至る。
「城東」「四日市優勝」「1955年」で捉えると印象付けやすいかも。
1946年夏に出場したのは「城東中(のちの高知追手前)」。
1948年は新制の「城東高校(のちの高知学園高知)」に名称変更された年。
1951年は「城東」が「学校法人城東高等学校」の認可を受けた年。
3) C ) 福島郡山は1992夏出場のみ
福島で2001春出場のみは安積(21世紀初代校)。2000年には福島商が躍進ベスト8。
奈良郡山は1970~80年代の成績が目立つが、1993、2000年にも夏出場。春は1998年優勝の横浜にベスト8敗退。
福島郡山は1992年夏が唯一の甲子園出場。2-②で延岡工に1-2x(延11)惜敗。福島-宮崎夏5度連続1点差のうちの1つ。
福島で2001春出場のみは安積(21世紀初代校)。2000年には福島商が躍進ベスト8。
奈良郡山は1970~80年代の成績が目立つが、1993、2000年にも夏出場。春は1998年優勝の横浜にベスト8敗退。
福島郡山は1992年夏が唯一の甲子園出場。2-②で延岡工に1-2x(延11)惜敗。福島-宮崎夏5度連続1点差のうちの1つ。
4) C ) 徳島県立徳島商の「県城東 商業課程」時代
A ) B ) ともに記載の事実なし。
岡山城東は1987年創立で、当初より「岡山県立岡山城東」。
1949年共学化直後の静岡は「静岡県立静岡場内」として1949夏、1951春夏甲子園出場。53年に静岡高校と改称し現在に至る。
徳島商は1949年4月に徳島市立女商と統合し「県城東(商業課程)」と改称、同夏甲子園出場(通算3度目、3度連続初戦敗退)。
翌1950年「県城北(商業課程)」(甲子園出場なし)への改称を経て、商業課程が分離独立し1952年10月に「県徳島商」に改称。1956年4月「県立徳島商」となり、同年夏甲子園初戦で平安(同年優勝)に敗退。1958年5度目の夏は魚津との延長18回引き分け再試合に勝利し、準優勝。現在に至る。
A ) B ) ともに記載の事実なし。
岡山城東は1987年創立で、当初より「岡山県立岡山城東」。
1949年共学化直後の静岡は「静岡県立静岡場内」として1949夏、1951春夏甲子園出場。53年に静岡高校と改称し現在に至る。
徳島商は1949年4月に徳島市立女商と統合し「県城東(商業課程)」と改称、同夏甲子園出場(通算3度目、3度連続初戦敗退)。
翌1950年「県城北(商業課程)」(甲子園出場なし)への改称を経て、商業課程が分離独立し1952年10月に「県徳島商」に改称。1956年4月「県立徳島商」となり、同年夏甲子園初戦で平安(同年優勝)に敗退。1958年5度目の夏は魚津との延長18回引き分け再試合に勝利し、準優勝。現在に至る。
5) A ) 1959年
6) C ) 1974年
当時は練馬区・中野区・杉並区以西が西東京。世田谷区は東。1996年、2013年に改編(後述)。
当時は練馬区・中野区・杉並区以西が西東京。世田谷区は東。1996年、2013年に改編(後述)。
7) B ) 福岡の「八幡(やはた)高校」が1950年に、滋賀の「八幡(はちまん)高校」が1951年に、それぞれ出場
福岡県立八幡(やはた)は、1919年創立。1950年春甲子園初出場、初戦勝利、ベスト8では雨中の厳しい条件下、同大会優勝の韮山にサヨナラ惜敗。これが唯一の甲子園出場。
滋賀県立八幡商。1948年4月~49年3月および1951年4月~55年3月まで「八幡(はちまん)」を称した。51年春同校名で登録し甲子園初出場。同大会優勝の鳴門に初戦敗退。55年4月に八幡商に改称し、現在に至る。
京都府立八幡(やわた)は、1971年4月開校。2017年4月に府立南八幡と統合し、現在は「京都八幡」。甲子園出場はまだない。
福岡県立八幡(やはた)は、1919年創立。1950年春甲子園初出場、初戦勝利、ベスト8では雨中の厳しい条件下、同大会優勝の韮山にサヨナラ惜敗。これが唯一の甲子園出場。
滋賀県立八幡商。1948年4月~49年3月および1951年4月~55年3月まで「八幡(はちまん)」を称した。51年春同校名で登録し甲子園初出場。同大会優勝の鳴門に初戦敗退。55年4月に八幡商に改称し、現在に至る。
京都府立八幡(やわた)は、1971年4月開校。2017年4月に府立南八幡と統合し、現在は「京都八幡」。甲子園出場はまだない。
8) C ) 1990年
1972年夏は1回戦⑫(4-②)長崎海星2-0三重海星。1989年夏は2回戦(6-③)三重海星10-2長崎海星。2度とも初戦という奇跡的な抽選。さらに、長崎-三重の対戦は2024年6月現在上記2度のみである。
1990年夏は、両校ともに初戦敗退している(3-②三重海星2-4松山商 4-①長崎海星1-4学法石川)。
なお、三重海星は21世紀の出場が2024年6月現在ないので、どちらの海星かを判断する1つの基準となる。
1972年夏は1回戦⑫(4-②)長崎海星2-0三重海星。1989年夏は2回戦(6-③)三重海星10-2長崎海星。2度とも初戦という奇跡的な抽選。さらに、長崎-三重の対戦は2024年6月現在上記2度のみである。
1990年夏は、両校ともに初戦敗退している(3-②三重海星2-4松山商 4-①長崎海星1-4学法石川)。
なお、三重海星は21世紀の出場が2024年6月現在ないので、どちらの海星かを判断する1つの基準となる。
9) C ) 県立高知追手前
県立高知追手前の主な沿革は次の通り。1878年「高知中」→ 1886年「高知縣尋常中」→ 1901年「縣立第一中」→ 1922年「城東中」→ 1948年4月「高知新制」→ 1949年8月「高知追手前」(共学化)。
「高知縣尋常中」の女子部が1893年に分離独立して「縣高女」が設置され、1901年「縣立高女」→1922年「高知高女」→ 1926年「第一高女」→ 1946年「高知高女」→ 1948年4月「高知女」→1949年9月「高知丸の内」(共学化)と展開する。
1922年に「城東中」と改称した背景には、1889年「高知尋常中 海南學校」→ 1901年「縣立中學海南」→ 1922年4月「城北中」併設がある。「城北中」は1932年「海南中」→ 1948年4月「海南」→ 1949年7月「城北」→1949年12月「高知小津」と展開する。
県立高知追手前の主な沿革は次の通り。1878年「高知中」→ 1886年「高知縣尋常中」→ 1901年「縣立第一中」→ 1922年「城東中」→ 1948年4月「高知新制」→ 1949年8月「高知追手前」(共学化)。
「高知縣尋常中」の女子部が1893年に分離独立して「縣高女」が設置され、1901年「縣立高女」→1922年「高知高女」→ 1926年「第一高女」→ 1946年「高知高女」→ 1948年4月「高知女」→1949年9月「高知丸の内」(共学化)と展開する。
1922年に「城東中」と改称した背景には、1889年「高知尋常中 海南學校」→ 1901年「縣立中學海南」→ 1922年4月「城北中」併設がある。「城北中」は1932年「海南中」→ 1948年4月「海南」→ 1949年7月「城北」→1949年12月「高知小津」と展開する。
10) B ) 奈良県立高田
豊後高田(たかだ)市にある大分県立高田は、1961年夏に唯一の出場。1回戦⑦(2-④) 0-5高知商。
大和高田(たかだ)市にある奈良県立高田は、1955年春に3勝してベスト4。1999年春に1勝。計2回の春出場があるが、夏の出場はない。
陸前高田(たかた)市にある岩手県立高田は、1988年夏に唯一の出場。白地にライトブルーのユニフォームと、8回途中降雨激化コールドでの敗退が強い印象。1回戦(3-③) 3-9滝川二。
豊後高田(たかだ)市にある大分県立高田は、1961年夏に唯一の出場。1回戦⑦(2-④) 0-5高知商。
大和高田(たかだ)市にある奈良県立高田は、1955年春に3勝してベスト4。1999年春に1勝。計2回の春出場があるが、夏の出場はない。
陸前高田(たかた)市にある岩手県立高田は、1988年夏に唯一の出場。白地にライトブルーのユニフォームと、8回途中降雨激化コールドでの敗退が強い印象。1回戦(3-③) 3-9滝川二。
11) C ) 2013年
1974年東西区分開始。1996年「西」の世田谷区が「東」へ。2013年「東」の世田谷区が再度「西」へ、「西」の中野区が「東」へ。現在に至る。もちろんそれぞれの変更の際には、東西での登録校数も考慮されているが、現行は、多摩地区に接している練馬区・杉並区・世田谷区のみが「西」という比較的明確な区分だと言える。
1974年東西区分開始。1996年「西」の世田谷区が「東」へ。2013年「東」の世田谷区が再度「西」へ、「西」の中野区が「東」へ。現在に至る。もちろんそれぞれの変更の際には、東西での登録校数も考慮されているが、現行は、多摩地区に接している練馬区・杉並区・世田谷区のみが「西」という比較的明確な区分だと言える。
12) A ) 0校
国士舘は2019年春の出場はあるが、「西東京」としての夏出場はまだない。
他の3校は、2013年の区分変更後、春夏ともに出場がまだない。
ちなみに日大櫻丘は1972年に春夏連続出場(同年春は初出場初優勝)しているが、これは東西区分以前。1972年以降出場のない日大櫻丘は、「西」でも「東」でも夏出場はない、ということになる。
世田谷学園は1993年春、駒大は1999年春に、それぞれ唯一の出場があり、1勝ずつ挙げている。
国士舘は2019年春の出場はあるが、「西東京」としての夏出場はまだない。
他の3校は、2013年の区分変更後、春夏ともに出場がまだない。
ちなみに日大櫻丘は1972年に春夏連続出場(同年春は初出場初優勝)しているが、これは東西区分以前。1972年以降出場のない日大櫻丘は、「西」でも「東」でも夏出場はない、ということになる。
世田谷学園は1993年春、駒大は1999年春に、それぞれ唯一の出場があり、1勝ずつ挙げている。
13) A ) 0校
「西東京」として堀越は5度、東亜学園は3度の夏出場があるが、それぞれ1997年、1989年を最後に甲子園から遠ざかっている。東亜学園は、区分変更後の2016年、2023年に東東京大会決勝まで進出したが、あと一歩届かずにいる。
明大中野は春夏ともに出場がまだない。
「西東京」として堀越は5度、東亜学園は3度の夏出場があるが、それぞれ1997年、1989年を最後に甲子園から遠ざかっている。東亜学園は、区分変更後の2016年、2023年に東東京大会決勝まで進出したが、あと一歩届かずにいる。
明大中野は春夏ともに出場がまだない。
14) A ) 「東東京」としての出場は1度もない
日大三の夏出場は、5度目が1962年(「東京」代表)。1974年の東西区分開始と1976年4月の町田市移転を挟んで、6度目が1979年(「西東京」代表)。
日大三の夏出場は、5度目が1962年(「東京」代表)。1974年の東西区分開始と1976年4月の町田市移転を挟んで、6度目が1979年(「西東京」代表)。
15) A ) 神奈川 B ) 愛知 C ) 福岡
選択肢の3県のみが、1948年から夏単独出場になった。
選択肢の3県のみが、1948年から夏単独出場になった。
16) A ) 長野 B ) 静岡 C ) 広島
上記3県が、1959年から夏単独出場になった。ちなみに北海道の南北区分も1959年から。鹿児島は翌1960年から。
上記3県が、1959年から夏単独出場になった。ちなみに北海道の南北区分も1959年から。鹿児島は翌1960年から。
17) D ) おかやま山陽
2017年夏初出場(初戦敗退)の流れそのまま、同年秋の中国大会を制し神宮大会出場(初戦敗退)を経て2018春も初出場。初戦1回戦B⑥(6-②)で乙訓に2-7で敗退している。夏ベスト8のインパクトはその5年後。
2017年夏初出場(初戦敗退)の流れそのまま、同年秋の中国大会を制し神宮大会出場(初戦敗退)を経て2018春も初出場。初戦1回戦B⑥(6-②)で乙訓に2-7で敗退している。夏ベスト8のインパクトはその5年後。
18) C ) 八頭
2007年秋の鳥取県大会3位ながら中国大会では準優勝し、2008年春に出場。初戦2回戦で宇都宮南に1-0、3回戦で東洋大姫路に0-1の逆スコアを記録している。
2007年秋の鳥取県大会3位ながら中国大会では準優勝し、2008年春に出場。初戦2回戦で宇都宮南に1-0、3回戦で東洋大姫路に0-1の逆スコアを記録している。
19) A ) 東海大福岡 C ) 東海大大阪仰星
東海大福岡は春3度(うち東海大五として1度)、東海大大阪仰星は東海大仰星として春2度、それぞれ出場しているが、いずれも夏は未出場。
東海大諏訪は、東海大三として1996年に夏初出場。5-①で同年優勝の松山商に0-8で敗退している。夏はこの1度のみで、春は3度出場している。
東海大福岡は春3度(うち東海大五として1度)、東海大大阪仰星は東海大仰星として春2度、それぞれ出場しているが、いずれも夏は未出場。
東海大諏訪は、東海大三として1996年に夏初出場。5-①で同年優勝の松山商に0-8で敗退している。夏はこの1度のみで、春は3度出場している。
20) A ) 伊都中央 B ) 日高
選択肢はすべて和歌山県の公立高校。
伊都中央は2015年の統合前に、伊都として春3度(75・95・96)出場。95は初戦で帝京(同年夏優勝)に1-0で勝利。日高も春3度(56・82・92)出場。92に初戦で帝京(同大会優勝)に0-1で惜敗。
田辺工は春夏ともに出場がない。
選択肢はすべて和歌山県の公立高校。
伊都中央は2015年の統合前に、伊都として春3度(75・95・96)出場。95は初戦で帝京(同年夏優勝)に1-0で勝利。日高も春3度(56・82・92)出場。92に初戦で帝京(同大会優勝)に0-1で惜敗。
田辺工は春夏ともに出場がない。
21) D ) 美濃加茂
1980年夏初出場。初戦2回戦(第5日第3試合)は岩国商と対戦し、2-1で勝利。3回戦は箕島に3-5で惜敗。
10年後の1990年に2度目の夏出場。1回戦(第3日第3試合)で宇部商と対戦し、2-3の惜敗。
2度出場中2度、初戦で山口県勢と対戦している! 関連研究
他は、すべて1度のみの夏出場で、すべて初戦敗退。
花園と東陵は春も1度出場があるが、未勝利。
1980年夏初出場。初戦2回戦(第5日第3試合)は岩国商と対戦し、2-1で勝利。3回戦は箕島に3-5で惜敗。
10年後の1990年に2度目の夏出場。1回戦(第3日第3試合)で宇部商と対戦し、2-3の惜敗。
2度出場中2度、初戦で山口県勢と対戦している! 関連研究
他は、すべて1度のみの夏出場で、すべて初戦敗退。
花園と東陵は春も1度出場があるが、未勝利。
22) C ) 中部商
沖縄県立中部商は、2002年夏初出場で開幕試合。8-11で帝京に敗退。2度目は2004年夏。初戦2回戦(第6日第3試合)で酒田南に6-11で敗退。
富山北部は1969年に春夏連続初出場。春初戦開幕日第2試合での0-1惜敗を受け、夏は開幕試合を勝利。2回戦も勝利しベスト8進出。ベスト8では若狭との北越・北陸対決に1-4で敗退。同年春夏が唯一の出場。
1984年に大船渡も春夏連続初出場。春ベスト4の快進撃で夏も期待されたが、1回戦(第2日第2試合)で滋賀県立長浜に2-3で惜敗。同年春夏が唯一の出場。
長崎北陽台は1994年夏に唯一の出場。3勝してベスト8進出の大活躍。
愛媛県立丹原は2000年夏に唯一の出場。初戦2回戦(第6日第3試合)で光星学院と対戦。シーソーゲームの終盤に力尽き、8-10の惜敗。
沖縄県立中部商は、2002年夏初出場で開幕試合。8-11で帝京に敗退。2度目は2004年夏。初戦2回戦(第6日第3試合)で酒田南に6-11で敗退。
富山北部は1969年に春夏連続初出場。春初戦開幕日第2試合での0-1惜敗を受け、夏は開幕試合を勝利。2回戦も勝利しベスト8進出。ベスト8では若狭との北越・北陸対決に1-4で敗退。同年春夏が唯一の出場。
1984年に大船渡も春夏連続初出場。春ベスト4の快進撃で夏も期待されたが、1回戦(第2日第2試合)で滋賀県立長浜に2-3で惜敗。同年春夏が唯一の出場。
長崎北陽台は1994年夏に唯一の出場。3勝してベスト8進出の大活躍。
愛媛県立丹原は2000年夏に唯一の出場。初戦2回戦(第6日第3試合)で光星学院と対戦。シーソーゲームの終盤に力尽き、8-10の惜敗。
23) D ) 八千代松陰
八千代松陰は、1980年春初出場。1回戦で尼崎西に2-3の惜敗。1998年には東千葉代表として夏初出場。初戦で強敵PL学園と対戦し、2-6の大健闘。
かつて釧路短大附属や釧路緑ケ丘の校名であった武修館は、2014年夏が唯一の出場。初戦2回戦(第7日第2試合)で八戸学院光星に2-4の惜敗。
日大明誠は、1997年春に唯一の出場。開幕試合を勝利して2回戦まで進出。
興譲館は、2008年春に唯一の出場。1回戦で千葉経大附属に0-3で敗退。
本庄一は、2008年に北埼玉代表として夏初出場し、2回戦まで進出。2010年に2度目の夏出場を果たすが初戦敗退。2度とも初戦は1回戦第4日を記録。春は未出場。
八千代松陰は、1980年春初出場。1回戦で尼崎西に2-3の惜敗。1998年には東千葉代表として夏初出場。初戦で強敵PL学園と対戦し、2-6の大健闘。
かつて釧路短大附属や釧路緑ケ丘の校名であった武修館は、2014年夏が唯一の出場。初戦2回戦(第7日第2試合)で八戸学院光星に2-4の惜敗。
日大明誠は、1997年春に唯一の出場。開幕試合を勝利して2回戦まで進出。
興譲館は、2008年春に唯一の出場。1回戦で千葉経大附属に0-3で敗退。
本庄一は、2008年に北埼玉代表として夏初出場し、2回戦まで進出。2010年に2度目の夏出場を果たすが初戦敗退。2度とも初戦は1回戦第4日を記録。春は未出場。
24) E ) 八代東
八代東は夏3度、春1度の出場実績。1964年に夏初出場。掛川西との開幕試合で延長18回規定引き分け(0-0)再試合を展開。翌日第1試合での再試合は2-6で敗退。
1970年には春初出場。春夏初出場(2度連続)で開幕試合を記録し、初戦敗退。
1973年夏、34年ぶりの2007年夏、いずれも初戦敗退。
市呉は、2017年に春初出場。開幕試合を延長12回6-5で勝利し、2回戦では履正社に0-1の惜敗。春2度目は2019年で、2度連続開幕試合を記録! またも延長試合となり11回サヨナラ2-3で市和歌山との市立校対決に惜敗。出場の3試合すべて1点差の記録もつくった。夏は未出場。
五所川原農林は、1970年夏に唯一の出場。初戦で岐阜短大附属に敗退。
新潟南は、初出場の1984年夏に京都西、明徳義塾といった強豪に勝利しベスト8。夏2度目の1989年は1回戦(第3日第1試合)で智辯学園に敗退。春は未出場。
伊勢工は、1988年に夏初出場。初戦2回戦(第6日第4試合)で江の川に3-9で敗退。2011年に夏2度目。1回戦(第1日第2試合)で0-4で金沢に敗退。春は未出場。
八代東は夏3度、春1度の出場実績。1964年に夏初出場。掛川西との開幕試合で延長18回規定引き分け(0-0)再試合を展開。翌日第1試合での再試合は2-6で敗退。
1970年には春初出場。春夏初出場(2度連続)で開幕試合を記録し、初戦敗退。
1973年夏、34年ぶりの2007年夏、いずれも初戦敗退。
市呉は、2017年に春初出場。開幕試合を延長12回6-5で勝利し、2回戦では履正社に0-1の惜敗。春2度目は2019年で、2度連続開幕試合を記録! またも延長試合となり11回サヨナラ2-3で市和歌山との市立校対決に惜敗。出場の3試合すべて1点差の記録もつくった。夏は未出場。
五所川原農林は、1970年夏に唯一の出場。初戦で岐阜短大附属に敗退。
新潟南は、初出場の1984年夏に京都西、明徳義塾といった強豪に勝利しベスト8。夏2度目の1989年は1回戦(第3日第1試合)で智辯学園に敗退。春は未出場。
伊勢工は、1988年に夏初出場。初戦2回戦(第6日第4試合)で江の川に3-9で敗退。2011年に夏2度目。1回戦(第1日第2試合)で0-4で金沢に敗退。春は未出場。
25) A ) 東海大甲府 C ) 羽黒 D ) 高崎健康福祉大高崎 E ) 木更津総合
秀岳館は、2003年に春初出場。初戦で花咲徳栄に延長13回サヨナラ3-4の惜敗。2度目は前年秋九州大会優勝の実績を携えて2016年。初戦で再度花咲徳栄と対戦! 6-5で競り勝った後も2勝してベスト4。強豪校の仲間入り。
東海大甲府は、1980年代夏5度出場の実績を経て、1987年に春初出場で3勝。ベスト4で同大会優勝のPL学園と延長14回5-8の熱戦を演じた。
羽黒は、2003年夏初出場を経て、2004年秋東北大会優勝、同神宮大会1勝で2005年春初出場。3勝しベスト4。
高崎健康福祉大高崎は、2011年夏2回戦で横浜に延長10回サヨナラ5-6惜敗、同年秋関東大会準決勝では同大会優勝の浦和学院に7-11の熱戦を経て、2012年春初出場で3勝。ベスト4で同大会優勝の大阪桐蔭に1-3の惜敗。
木更津総合は、旧校名の木更津中央で1971年に春初出場。3勝してベスト4。共学化に伴い2003年に現校名へ変更した後の活躍はご存知の通り。
秀岳館は、2003年に春初出場。初戦で花咲徳栄に延長13回サヨナラ3-4の惜敗。2度目は前年秋九州大会優勝の実績を携えて2016年。初戦で再度花咲徳栄と対戦! 6-5で競り勝った後も2勝してベスト4。強豪校の仲間入り。
東海大甲府は、1980年代夏5度出場の実績を経て、1987年に春初出場で3勝。ベスト4で同大会優勝のPL学園と延長14回5-8の熱戦を演じた。
羽黒は、2003年夏初出場を経て、2004年秋東北大会優勝、同神宮大会1勝で2005年春初出場。3勝しベスト4。
高崎健康福祉大高崎は、2011年夏2回戦で横浜に延長10回サヨナラ5-6惜敗、同年秋関東大会準決勝では同大会優勝の浦和学院に7-11の熱戦を経て、2012年春初出場で3勝。ベスト4で同大会優勝の大阪桐蔭に1-3の惜敗。
木更津総合は、旧校名の木更津中央で1971年に春初出場。3勝してベスト4。共学化に伴い2003年に現校名へ変更した後の活躍はご存知の通り。
26) A ) 桑名西 B ) 鳴門渦潮 C ) 新湊 D ) 高陽東 E ) 日田林工
すべて春初出場で3勝。
桑名西は、1994年に。
鳴門渦潮は、統合前の鳴門工が1973年に春夏連続出場で、春3勝、夏1勝。いずれも優勝校に敗退。
新湊は、1986年に。
高陽東は、1996年に春夏連続出場で、春夏連続3勝。
日田林工は、1976年に。
すべて春初出場で3勝。
桑名西は、1994年に。
鳴門渦潮は、統合前の鳴門工が1973年に春夏連続出場で、春3勝、夏1勝。いずれも優勝校に敗退。
新湊は、1986年に。
高陽東は、1996年に春夏連続出場で、春夏連続3勝。
日田林工は、1976年に。